
野球のサイン盗みとは何か、ルール違反にあたるのかを解説します。公認野球規則に明記はないものの、スパイ行為として禁止されるアンフェアな行為です。この記事を読めば、過去のプロ野球での事例や発覚後の処分までわかります。
野球におけるサイン盗みとは何か

野球の試合において、たびたび問題として取り上げられる「サイン盗み」。これは単なる作戦の1つではなく、野球というスポーツの根幹を揺るがしかねない重大な不正行為とされています。
この章では、サイン盗みがどのような行為を指すのか、なぜ問題視されるのか、そしてしばしば混同される「癖盗み」との違いについて詳しく解説します。
サイン盗みの基本的な定義
サイン盗みとは、相手チームがプレーの意思疎通のために交わしているサインを、不正な手段を用いて盗み見て解読し、自チームの選手、特に打者や走者に伝達する組織的な行為を指します。
最も代表的な例は、守備側バッテリー(投手と捕手)間で交わされる球種やコースに関するサインを、二塁走者やベンチなどが盗み、打者に伝えるケースです。 これにより、打者は投手が次に投げる球を事前に知ることができ、打撃において著しく有利な状況が生まれます。
なぜサイン盗みはアンフェアな行為とされるのか
サイン盗みが厳しく禁じられているのには、いくつかの理由があります。最大の理由は、スポーツマンシップに反し、試合の公平性を著しく損なうからです。
野球の醍醐味の一つは、投手と打者の間で繰り広げられる「読み」や「駆け引き」にあります。しかし、サイン盗みによって投球内容が事前に打者に伝わると、この真剣勝負が成立しなくなります。 さらに、以下のような問題点も指摘されています。
- 試合の質の低下:サインが盗まれることを警戒するあまり、サイン交換が過度に複雑化・長時間化し、試合のスムーズな進行を妨げる
- 信頼関係の破壊:チーム間の信頼を損ない、疑心暗鬼を生むことで、野球界全体の品位を傷つける行為と見なされる
- プレーへの悪影響:サイン盗みを疑うことで選手がプレーに集中できなくなったり、報復行為としての危険な投球(ビーンボール)を誘発したりする可能性もある
技術とされる「癖盗み」との違い
サイン盗みとしばしば比較されるのが「癖盗み(クセ盗み)」です。癖盗みは、投手の投球フォームのわずかな違いや、セットポジションに入る際のグラブの位置、捕手の構え方といった選手の個人的な癖を見抜いて球種を予測する行為を指します。
これは、選手個人の観察力や分析力、経験に基づく「技術」の一環と見なされており、原則としてルール違反にはあたりません。 サイン盗みと癖盗みの決定的な違いは、その手段と主体にあります。
| 項目 | サイン盗み | 癖盗み(クセ盗み) |
|---|---|---|
| 行為の定義 | 捕手のサインなどを不正な手段で盗み、組織的に打者へ伝達する行為 | 投手や捕手の動きの癖(クセ)を観察・分析し、球種などを推測する行為 |
| 主体 | 走者、ベンチ、コーチなどチーム全体が組織的に関与する | 打者や走者など、選手個人が行う |
| 手段 | 双眼鏡などの機器の使用や、走者による不正な方法での伝達など、ルールで禁止されている手段を用いる | 選手個人の観察力、洞察力、経験といった能力を用いる |
| ルール上の扱い | 明確なルール違反(禁止行為)であり、発覚した場合は処分の対象となる | 技術の一環とされ、原則として容認される。 ただし、度を越したアピールなどは問題視される場合がある |
組織的に不正な伝達を行う「サイン盗み」と、個人の技術である「癖盗み」は明確に区別されています。 次の章では、このサイン盗みが野球のルールでどのように規定されているのかを詳しく見ていきます。
サイン盗みは野球のルール違反にあたるのか

野球における「サイン盗み」は、しばしばフェアプレー精神に反する行為として議論の的になります。
しかし、この行為が明確なルール違反にあたるのかどうかは、プロ野球とアマチュア野球でその扱いや根拠が異なります。一概に「違反である」と断言できない複雑な側面があるため、それぞれの規定を詳しく見ていく必要があります。
プロ野球(NPB)におけるルール規定
日本のプロ野球(NPB)では、「サイン盗み」そのものを直接的に禁止する条文が公認野球規則に明記されているわけではありません。しかし、関連する規則や申し合わせ事項によって、特定の条件下でのサイン盗みは禁止されています。
公認野球規則での扱い
公認野球規則には「サイン盗み」という言葉は登場しません。しかし、電子機器の使用を禁じる規定が、間接的にサイン盗みを制限しています。
例えば、監督やコーチ、選手がベンチやグラウンド内でスマートフォンやトランシーバーなどの電子機器を用いて、相手のサインを解読・伝達する行為は規則で明確に禁止されています。これは、技術の進歩に伴い、より巧妙なサイン盗みを防ぐための措置です。
スパイ行為の禁止について
プロ野球では、公認野球規則とは別に、球団間のアグリーメント(申し合わせ事項)として「スパイ行為の禁止」が定められています。 これが、実質的にサイン盗みを禁じる重要な根拠です。
具体的には、観客席や球場外など、グラウンド外から双眼鏡やビデオカメラなどを用いてサインの情報を得て、ベンチや選手に伝達する行為を「スパイ行為」と定義し、禁止しています。
過去には、球団職員が場内モニターを利用してサインを解読し、選手に伝えていたとされる疑惑も浮上しました。 このような外部からの情報伝達を伴う組織的なサイン盗みは、フェアプレーの精神を著しく損なう行為として厳しく戒められています。
高校野球などアマチュア野球でのルール
高校野球に代表されるアマチュア野球では、プロ野球以上にサイン盗みに対して厳しい姿勢が取られています。これは、勝利至上主義に陥ることなく、スポーツマンシップやフェアプレーの精神を育むという教育的な側面が重視されているためです。
日本高等学校野球連盟(高野連)は、1998年に「マナーの向上」を目的とした指導要綱の中で、サイン盗みを明確に禁止しました。 具体的には、二塁走者やベースコーチが捕手のサインを見て、打者に球種やコースを伝える行為が禁止されています。 試合中に審判が疑わしいと判断した場合には、選手に口頭で注意が与えられます。
プロとアマチュアにおけるサイン盗みのルールの違いを以下にまとめます。
| 項目 | プロ野球(NPB) | 高校野球(アマチュア) |
|---|---|---|
| 規則上の明記 | 公認野球規則に「サイン盗み」の直接的な禁止条文はない。 | 大会規則や指導要綱で明確に禁止されている。 |
| 主な禁止根拠 |
|
|
| 禁止される主な行為 | 電子機器や外部からの情報伝達を伴う組織的な行為。 | 二塁走者やベースコーチが捕手のサインを打者に伝達する行為など。 |
| 違反時の対応 | コミッショナーによる制裁(罰金、出場停止など)。 | 審判による口頭注意。悪質な場合は退場などの措置も考えられる。 |
過去に起きたプロ野球でのサイン盗み事例

日本のプロ野球界においても、サイン盗みは度々その存在が議論されてきました。ルールで明確に禁止されているスパイ行為とは別に、試合中にグラウンド上で行われるサインの解読と伝達は、長らく野球の「技術」や「駆け引き」の一部と見なされる側面もありました。
しかし、時代とともにフェアプレーの精神が重視されるようになり、現在では相手チームを欺くアンフェアな行為として厳しく批判される対象となっています。ここでは、過去に物議を醸した代表的な事例を振り返ります。
1990年代 ヤクルトスワローズの事例
1990年代、野村克也監督が率いるヤクルトスワローズ(現・東京ヤクルトスワローズ)は、緻密なデータを駆使した「ID野球」で黄金時代を築きました。その一方で、当時から相手チームのサインを盗んでいるのではないかという疑惑が絶えませんでした。
特に問題視されたのは、ベンチにいるスコアラーが双眼鏡などを使って相手捕手のサインを盗み、それを選手に伝達しているというものでした。当時の野村監督は「癖を盗むのは技術の範疇」という考え方を示していましたが、機械(双眼鏡)を用いた組織的な情報収集と伝達は、野球の駆け引きを逸脱したスパイ行為であると他球団から強い反発を受けました。
この疑惑は大きな騒動となり、最終的にはセントラル・リーグから厳重注意処分が下される事態に発展しました。この一件は、プロ野球界においてサイン盗みやスパイ行為に対するルールの明確化や、フェアプレーの意識を改めて問い直すきっかけとなった象徴的な出来事として知られています。
2010年代 千葉ロッテマリーンズの事例
2010年のクライマックスシリーズ(CS)で、千葉ロッテマリーンズにサイン盗み疑惑が浮上しました。対戦相手の福岡ソフトバンクホークスから「ロッテの応援団員がバックスクリーン横の部屋から、球団旗やボードを使って打者に球種を伝えている」との指摘がなされたのです。
この指摘を受け、パシフィック・リーグ連盟が調査に乗り出しました。調査の結果、指摘されたような応援団員による伝達行為の事実は確認されませんでした。
しかし、球団職員が試合中にバックスクリーン裏の通路へ立ち入っていたことが判明しました。この行為が試合中の情報伝達を目的としたものではないと結論付けられたものの、紛らわしい行動であったとして、ロッテ球団には厳重注意処分が下されました。
この事例は、選手やコーチだけでなく、球団職員や応援団の行動もサイン盗みの疑惑に繋がりうることを示し、球団全体のコンプライアンス意識の重要性を浮き彫りにしました。
その他のサイン盗みに関する疑惑や騒動
上記の大きな事例以外にも、プロ野球ではサイン盗みを巡る騒動が度々起きています。近年では、二塁走者が打者にサインを伝達する行為が問題視されるケースが多く見られます。
例えば、2021年のヤクルト対阪神タイガースの試合では、二塁走者の動きをサイン盗みと疑ったヤクルトの村上宗隆選手が審判にアピールし、両軍ベンチが激しく言い合う場面がありました。 このように、グラウンド上での選手の不自然な動きは、たとえ意図していなくても相手チームに疑念を抱かせ、トラブルに発展することがあります。
これらの事例からわかるように、サイン盗みは単なるルール違反の問題だけでなく、チーム間の信頼関係を損ない、試合の品位を傷つける行為として認識されています。そのため、各球団・選手はフェアプレーの精神に則り、疑念を招くような行為を避けることが強く求められています。
サイン盗みが発覚した場合の処分内容

野球においてサイン盗みが発覚した場合、その行為の悪質性や関与の度合いに応じて、選手個人から球団全体に至るまで厳しい処分が科される可能性があります。
NPB(日本野球機構)では、野球協約やアグリーメントに基づき、フェアプレー精神を著しく害する行為に対して厳格な姿勢で臨んでいます。
選手や監督、コーチへの処分
サイン盗みに関与した選手や監督、コーチには、個人の責任が問われ、様々な処分が下される可能性があります。具体的には、野球協約における「有害行為」と見なされ、コミッショナーによる裁定の対象となります。
処分の種類は、最も軽いもので厳重注意や戒告、そして制裁金の支払いが挙げられます。さらに悪質なケースや常習性が認められる場合には、一定期間の出場停止処分が科されることもあります。
これは選手のキャリアに大きな影響を与える重い処分です。過去には、サインの伝達役を担ったとされるコーチが処分された事例も存在します。最悪の場合、契約解除や解雇といった、選手生命を脅かす可能性のある最も重い処分に至ることも理論上は考えられます。

球団に対する罰金などの処分
サイン盗みは、選手やコーチ個人の問題だけでなく、チームぐるみの組織的な行為と判断される場合、球団に対しても厳しい処分が下されます。球団には選手の行動を管理・監督する責任があるため、その責任を問われる形となります。主な処分内容としては、高額な罰金(制裁金)が科されることが一般的です。金額は事案の重大性によって決定されます。
メジャーリーグベースボール(MLB)では、ヒューストン・アストロズのサイン盗み事件で、球団に対し罰金500万ドル(当時のレートで約5億5000万円)に加え、ドラフト指名権の剥奪という極めて厳しい処分が下されました。 日本プロ野球においても、球団の信頼を著しく損なう行為として、将来的に同様の厳罰が科される可能性は否定できません。
過去の事例ではどのような処分が下されたか
日本プロ野球(NPB)において、過去にサイン盗みが問題となり、実際に処分が下された事例は複数存在します。ただし、その処分内容は年代や状況によって異なっています。
以下に、NPBにおける主なサイン盗みに関する事例とその処分内容をまとめます。
| 発生年 | 対象球団 | 事案の概要 | 主な処分内容 |
|---|---|---|---|
| 1998年 | ヤクルトスワローズ(当時) | 横浜ベイスターズ(当時)との試合で、外野席から双眼鏡を用いて捕手のサインを盗み、ベンチに伝達しているとの疑惑が浮上した | 当時のコミッショナーから厳重注意。明確なルール規定がなかったため、罰金などの処分は見送られたが、スパイ行為の禁止が明文化されるきっかけとなった |
| 2010年 | 千葉ロッテマリーンズ | 試合中に外部からサインに関する情報を得て、それをベンチ内のコーチが選手に伝達したとされる行為が問題視された | 球団に対して厳重注意と制裁金200万円。関与したコーチに対しても厳重注意処分が下された |
これらの事例からわかるように、時代と共にサイン盗みに対する処分は厳格化される傾向にあります。特に、電子機器の使用など、テクノロジーを悪用した巧妙な手口に対しては、今後さらに厳しい目が向けられることが予想されます。
サイン盗みを防ぐための対策とは

相手チームに作戦を読まれてしまうサイン盗みは、試合の勝敗に直結しかねない重大な問題です。そのため、野球界では伝統的な工夫から最新技術の導入まで、様々な対策が講じられています。
複雑なサインシステムの導入
古くから行われている最も基本的な対策が、サインシステムそのものを複雑化し、相手に解読されにくくする方法です。
フラッシュサインとブロックサイン
攻撃時のサインで主に用いられるのが「フラッシュサイン」と「ブロックサイン」です。フラッシュサインは、特定の体の部位を触るなど、一つの動作に一つの意味を持たせるシンプルなものです。 一方、プロ野球などで主流のブロックサインは、より複雑な仕組みになっています。
例えば、「鼻を触った後に触った場所が本当のサイン」といったように、特定のキーとなる動作を決めておき、その後の動きに意味を持たせる方式です。 これにより、相手チームはどの動きが本物のサインなのかを判別しにくくなります。
ダミーサインの活用
ブロックサインをさらに解読困難にするため、多くの「ダミーサイン」が盛り込まれます。 ダミーサインとは、意味を持たない偽の動きのことです。監督やコーチは、キーとなる動作の前後に多数のダミーを混ぜることで、相手の分析を混乱させます。
ただし、サインが複雑になりすぎると、味方選手が見落としたり、意味を誤解したりするリスクも伴うため、チーム内での徹底した共通認識が不可欠です。
電子機器(ピッチコム)の活用
近年のテクノロジーの進化は、サイン盗み対策にも大きな変革をもたらしました。その代表格が電子機器「ピッチコム(PitchCom)」の導入です。
ピッチコムの仕組みとメリット
ピッチコムは、捕手が持つ送信機のボタンを操作することで、投手の帽子内などに装着した受信機へ球種やコースを音声で直接伝達する電子機器です。
通信は暗号化されており、第三者による盗聴は極めて困難なため、サインを盗まれる物理的なリスクを根本から排除できる点が最大のメリットです。 また、サイン交換がスムーズになることで、試合時間の短縮にも繋がるという効果も報告されています。
日本プロ野球(NPB)での導入状況
メジャーリーグベースボール(MLB)で先行して導入されていたピッチコムは、日本プロ野球(NPB)でも2024年シーズンから正式に導入が開始されました。
当初は投手と捕手間の使用に限定されていましたが、守備シフトの伝達などを目的として、内野手も受信機の装着が可能になるなど、活用の幅が広がっています。
まとめ

本記事では、野球におけるサイン盗みの定義から、ルール上の扱い、過去のプロ野球での事例と処分について解説しました。
サイン盗みは、公認野球規則に明確な罰則規定がなくとも、試合の公正性を著しく損なうアンフェアな行為として固く禁じられています。過去にはヤクルトやロッテの事例で厳重注意や罰金処分が科されており、近年ではピッチコム導入など対策も進化しています。
フェアプレーの精神を尊重することが、野球の魅力を守る上で不可欠です。